第76回 クリスチャン・シンディング『春のささやき Op32-3』
私達はお正月を「春」という字と共に迎えます。古来から変わる事なくその伝統は引き継がれていると思います。新しく年を迎える時、私達は「希望」や「願い」をこの「春」という一文字に託します。
枯葉舞う「秋」、寒々しい「冬」と違って「春」には希望と明るさに溢れています。まだまだ深い雪に覆われている林の中、わずかに変化した日差しに感じられる「光の春」。そしてまだ芽吹くには程遠い新芽の元の小さな「こぶ」を見つけた喜び。ほら、あそこにも、ここにも、春がいっぱいです。
シンディングの一番有名な曲「春のささやき」は、そんな微かな「春」から目眩く「春」へと、最初の一音から最後の一音まで春の喜びに溢れています。シンディング(1856-1941)はグリーグ(1843-1097)と共に19世紀から20世紀への時代の変わり目に活躍したノルウェーの作曲家です。グリーグ亡き後はグリーグの後継者ともみなされ、重要な地位を得ておりました。
スカンジナヴィア地方の風土の中、大自然から受ける「自然と光に寄せる強い感情」が感じられ、その歌わせ方の美しさと暖かさに私はとても惹き付けられました。40年間を過ごしたドイツ文化音楽の影響も色濃く感じられます。当時世界中の出版社が、カタログに納めようと躍起になったという逸話が残っていますが、本人はこの小品だけが有名になってしまった事を大変残念がったそうです。
ピアノ曲だけでも300曲以上の曲が残っており、日本でもこの曲だけが有名なことは残念です。そこで少しでもこの作曲家の他の曲も聴いて頂けたらと、昨秋ようやく1枚のCDにまとめる事ができました。「クリスチャン・シンディング ピアノ作品集Vol.1」はそうしてリリースされました。彼の作品の中のほんの一部ですが、その素晴らしさをお聴き頂けましたら幸いです。